医師脳(いしあたま)
0
10
投稿数
683

 半世紀以上も昔のこと。
 青森高校で古文を習わされた。教師の名は忘れたが、脂ぎったオジサン顔と渾名だけは覚えている。
〇「無駄だよ」と十七のころ厭ひたる古文の教師の渾名は「ばふん」
 そんな生意気盛りが古希をすぎてから短歌を詠もうとは……。
「一日一首」と詠み続け、気づけば(内容はともかく)数だけは千首を超えた。
 いわゆる「白い巨塔」で生息していた頃の習慣だろうか。
 自作の短歌に『しちじふのてならひ』と名付け、医師脳(いしあたま)を号した。
〇七十歳の手習ひなるや歌の道つづけてかならず辞世を詠まむ
〇満帆に〈老い風〉うけて「宜候」と老い真盛り活躍盛り
〇うれしきは毎朝いるる珈琲に「おいしいね」と言ひて妻が笑むとき
〇生き甲斐が働き甲斐なる生活に「老い甲斐あり」とふ痩せ我慢もなす
〇「先生」と呼ばれ続けて半世紀いまや符牒のやうなものなり
〇「日々一首」と詠み続けたし一万首。吾も百寿の歌詠みとならむ
〇人生の川にも澪木(みをき)を立つるごと刻舟とならざる一日一首を
〇老いはてて彼も汝も誰か薄れ去りいずれ消ゆらし吾の誰かさへ

仏間にて香偈かうげを唱へそののちは三唱礼さんしやうらいまでCDにて聞く
6
農業は人口増やして村となし富のあらそひや戦も起こしき
5
穀物の虜になりて人類は「保存」を覚え「財」を意識す
5
穀物は光合成を省エネ化し炭水化物に富むと知りたり
5
史実とふメソポタミアの文明は狩猟から牧畜そして農業へ
4
飢饉ゆゑに重労働なる農業を太古よりやむなく始めしならむ
6
種落ちぬ「非脱粒性」の発見が農業起源とふ説にうなづく
5
枕辺に佞武多ねぷたばやしと虫の音と涼風かよふ今日は立秋
13
生くるため固き葉を食む牛たちの四つの胃による反芻の妙
7
固き葉を分蘖ぶんげつさせて増殖する進化を遂げしイネ科植物
5
イネ科の葉はケイ素を取り込み棘をなし草食動物が激減せしとふ
5
木から草へ双子葉から単子葉へ促成めざす植物進化
6
地殻変動が太古の森を草原に変へそれにともなひ動物も進化す
6
変異せしヒトツブコムギの発見がヒトに農業を示唆させしとも
4
地球史に植物史ありての人類史。その文明史などほんの束の間
4
「人類史の陰に植物史あり」と聞くも地球視座での主役は如何に
5
稲垣栄洋(著)『世界史を変えた植物』に物の見方の面白さ知る
4
世にあふるるみそひともじにこめられし圧縮データは解凍されてこそ
9
手を引かれ健診うくる媼は九十一歳くじふいち「転ばぬように」と声をかけ送る
10
ひる過ぎに激しき雷雨が襲ひきてクーラーある居間に妻と籠れり
6
保険証の二割負担の逓減にありがたくあり寂しくもあり
7
ありがたくも医療保険証をよく見れば三割負担が二割に減りぬ
7
大暑の候、エアコン稼働の書斎にて短歌を詠みつついつしか午睡へ
9
枕元のカーテンゆらす風あれば夏布団ひきよせふたたび寝にけり
6
大声で莫迦笑ひする四十男その職場を問へばパチンコ屋なり
4
健診の米寿の媼に不整脈・血圧二百超!即ER行き
5
婦人科医がコロナ罹患で老医われは内科に婦人科ギネの掛け持ちとなる
6
四年ぶりに会ひし息子の優しさに感謝しつつも老い自覚せり
8
久しぶりに長男夫婦が帰省して台所にはずむ嫁姑の声
9
五年半「一日一首」と詠み続けやうやう今日で二千首となりぬ
8