医師脳(いしあたま)
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 半世紀以上も昔のこと。
 青森高校で古文を習わされた。教師の名は忘れたが、脂ぎったオジサン顔と渾名だけは覚えている。
〇「無駄だよ」と十七のころ厭ひたる古文の教師の渾名は「ばふん」
 そんな生意気盛りが古希をすぎてから短歌を詠もうとは……。
「一日一首」と詠み続け、気づけば(内容はともかく)数だけは千首を超えた。
 いわゆる「白い巨塔」で生息していた頃の習慣だろうか。
 自作の短歌に『しちじふのてならひ』と名付け、医師脳(いしあたま)を号した。
〇七十歳の手習ひなるや歌の道つづけてかならず辞世を詠まむ
〇満帆に〈老い風〉うけて「宜候」と老い真盛り活躍盛り
〇うれしきは毎朝いるる珈琲に「おいしいね」と言ひて妻が笑むとき
〇生き甲斐が働き甲斐なる生活に「老い甲斐あり」とふ痩せ我慢もなす
〇「先生」と呼ばれ続けて半世紀いまや符牒のやうなものなり
〇「日々一首」と詠み続けたし一万首。吾も百寿の歌詠みとならむ
〇人生の川にも澪木(みをき)を立つるごと刻舟とならざる一日一首を
〇老いはてて彼も汝も誰か薄れ去りいずれ消ゆらし吾の誰かさへ

敬老の日、祖父母や父母を深く思ふ。己が喜寿を過ぎしことより
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現役は行かぬと妻を送り出し敬老会の弁当を待つ
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びゅうびゅうとふ野分の音を聞きながら湯船につかれば夢想ひろがる
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このところ「明鏡」欄に載らざれば安否とはるる煩わしき世
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医師募集のリストで見つけし診療所のストリートビューに瀬戸内の海
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旧暦なら重陽の節句と庭に出れば秋明菊のわきにサルビア
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持ってけと農家の差し出すズッキーニ、前腕ほどの迫力に引く
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週休が5日もある身のけじめなる月金の朝の迎えのタクシー
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ポツポツの間隔せばまり本降りか・・・温き布団で夢うつつなり
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漢方の書を読むに欠かせぬ天眼鏡。亡き父の手の温もり感じつつ
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パソコンのログインパスワード10文字の記憶うすれしも指は忘れぬ
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日の出まへの涼風に薄掛け引き寄せて最低気温が17度と知る
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漢方の初学者われには難解な傷寒論の六病位かな
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漢方の「心身一如」の信条にフレイル老人の活路を見つく
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高速の流れにのれぬタクシーのメーターの針は99キロ
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思ひ立ち仕事帰りにスーパーで栗飯いなりとバナナボート買ふ
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老人を元気にするとふ漢方の書に習ひ妻にためさむと思ふ
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十九度とふ最低気温と虫の音に今朝の津軽は秋の感あり
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ほしいままに夜どほし荒れたる雷雨やみ枕頭ちんとうに虫の音聞きつつ二度寝す
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熱中症アラートの載る朝刊をバタつかする風すでに暑苦し
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このところトイレを探す夢を見て大あくびしつつトイレへ向かふ
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右耳を掻く間に左も刺しし蚊に「我はキリストにあらず」と言ひたし
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処暑とはいへギラつく日差と涼風のせめぎあふ庭におんぶばった居る
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青森の医師不足の記事に爺医われ「老老医療」を実践せむと
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NHKラジオ第二をパソコンでながせば書斎で世界一周
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突然の雷雨にバタバタ窓を閉めエアコン・オンの言い訳にする
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夏の午後ひと雨すぎてなまぬるき風にふくらむレースのカーテン
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夏の夕の凄まじき雷雨すぎさりて庭を満たせる虫の競奏
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晴天が予報だうりの土砂降りに。雷鳴も加はりいや騒がしき
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用意せしたきぎも残りあとわづか今日の送り火にすべて積み上ぐ
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