探しても本当の私なんてない ようやくわかる人生半周 6
キッチンに「昨日ごめん」の置き手紙 もっと綺麗な字で書け息子 6
夕陽浴び「なんもさ」「だべさ」の帰り道優しく包む大雪山さ 4
産まれたる姪は桜のくちびるで我に笑み向け頬温かし 3
行く春にほどけそうなる 人を避け人に避けられ透明になる 4
来年は入学式に行ったきり息子のシャツを畳む手休め 3
エナドリに月光の入る余地はなく見守るだけの 子は受験生 3
珈琲を濃いめに淹れて含んだら四月はつま先で去ってゆき 3
手で作るピストル真似てこめかみに実弾(たま)があっても構わないよね 3
YouTube止まり画面の暗さにて銀歯光らすわれの顔あり 5
髪をふく摩擦音ただそれだけで一人の夜はノブが冷たい 4
人工のまつ毛が騒ぎ若かった彼女の面影仄めかしては 3
宙に浮く割り箸の先蕎麦がありショウウィンドウは嘘といえ愛 3
想い出は数に限りがありまして忘れていくね ごめん母さん 5
熊よけの電気が走るフェンス超えしなやかに巻く黄緑の蔦 5
前髪を1ミリ直す我が息子後頭部の毛寝癖のまんま 10
階段と風呂場と居間に手すり付けほっとしたのは父よりわたし 5
持つ物が増えるスマホと老眼鏡夫の薬と拗ねた子の肩 9
良き主婦を演じた今日の一日を両手を伸ばし明日に備える 5
もう少しもう少しだと筆は言うリモート前のリップラインは 6
クロゼット隅に刀が眠りおり「とお」と振ったら散れる折り紙 7
雪の朝友が逝き葬儀は無しと 心で通夜すコロナ恨みつ 5
大きくて温かだった父の背は愛と哀とを教えてくれる 5
雪、雪、も傘などささぬ彼の地では 半袖まぶしカーリング女子 5
姑を「いい義母(はは)なのよ」というたびに私の寿命一年のびろ 11
切りすぎた前髪つまみ気にしないふりができるわ母親だもの 4
マフラーに六花が咲いて息で溶け昼の白月おとなしく消ゆ 10
茶だんすの奥に未封の赤ワイン今夜飲もうか一人飲もうか 5
真っ白な雪のかたちの帽子あり朝焼けが降るなだらかな丘 5
テレビつけカボチャの種を煎っている冬の時間は夏より長い 11