五十年生きても我の舵取れず心臓弁にもそっぽむかれて 1
靴底で「じっ」っと震える振動は何日分の命か 蝉よ 6
この白き部屋も終わりと知る母の最期の珈琲砂糖多めで 11
この痛み夜空に放り投げればいい一生圏外という逃げ道 4
一葉のかたち様々アゲハ飛ぶ緑の密度高い日曜 7
進める日進めない日があって良い 右脳と左脳寄り添いあって 7
立ち上がれ転んでもいい走り出せ向かい風ゆく君はまぶしい 5
見上げたら今の私と同じ色裏切られること空もあるのね 11
木も街も油断している窓の雨青葉の向こうに初夏の鉄塔 8
ラムネよりあの日の泡が溢れだす目にも指にも甘い想い出 5
告白をすると私は卑怯者白い百合って鉄砲みたい 5
古い地図捨てて真白な草原へ怪我をするのはのぞむところと 8
探しても本当の私なんてない ようやくわかる人生半周 6
キッチンに「昨日ごめん」の置き手紙 もっと綺麗な字で書け息子 15
YouTube止まり画面の暗さにて銀歯光らすわれの顔あり 5
想い出は数に限りがありまして忘れていくね ごめん母さん 6
熊よけの電気が走るフェンス超えしなやかに巻く黄緑の蔦 5
前髪を1ミリ直す我が息子後頭部の毛寝癖のまんま 10
階段と風呂場と居間に手すり付けほっとしたのは父よりわたし 6
持つ物が増えるスマホと老眼鏡夫の薬と拗ねた子の肩 9
良き主婦を演じた今日の一日を両手を伸ばし明日に備える 5
もう少しもう少しだと筆は言うリモート前のリップラインは 6
クロゼット隅に刀が眠りおり「とお」と振ったら散れる折り紙 8
雪の朝友が逝き葬儀は無しと 心で通夜すコロナ恨みつ 5
大きくて温かだった父の背は愛と哀とを教えてくれる 6
雪、雪、も傘などささぬ彼の地では 半袖まぶしカーリング女子 5
姑を「いい義母(はは)なのよ」というたびに私の寿命一年のびろ 13
切りすぎた前髪つまみ気にしないふりができるわ母親だもの 4
マフラーに六花が咲いて息で溶け昼の白月おとなしく消ゆ 10
茶だんすの奥に未封の赤ワイン今夜飲もうか一人飲もうか 6