振り捨てし世の恋しくぞなりまさる伏見の里の鈴虫の声
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戦争に秋深まりぬ咲き及ぶ石蕗の先しがみ付く蟷螂
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きときとの バスは満員 坂道を 右にひだりに ゆれて頂上 / 除幕式
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姑を入所させたとまだ言えず窓に額をつけて月みる
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病床で歌う「ふるさと」ゆるやかに かのやまの忘却わすれゆく人
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淡桃のみぞれはすでに脳にあり八度八分の唇は待つ
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幼子が小声で歌う鼻歌を 聞いてまたたく冬の星々
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物置きの奥の奥にはスノボーがもう戻れない冬の香りす
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父母ちちははとむかし泳いだ海街で 獲れた蜜柑を我が子に与う
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一歳の我が子は全ての食べ物を ば・な・な、ば・な・な と呼んで笑うよ
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晩熟を滴る麦と稲が穂のふたつわかれになりにけるかな
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戦争にゆかさるるわれらの平和 「今そこにある危機」を忘れて
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ぜんそくのこどもの病室あかりがみえる 明けないよるをなみだぬぐいて
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めいわくをかけてもいいという人に 肩ちからぬけ安堵のためいき
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口ずさむ孫のミサ曲やさしくて 生きる深きを海面にえがく
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リハビリのジムにときめく冒険は コードがともの宇宙遊泳
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サンタにも病魔とりつきリハビリ中 さちとどけたい杖つきつつも
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ふらふらにリズム追いかけリハビリで こころとからだおどるエアロビ
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蟻ひとつころさぬひとのやさしさは 競う世のなか踏みつぶされて
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朝まだきあかりの家のあちこちに 通院の闇ほのかに照らす
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更年期という手袋をはめつつ冷え性という靴下も履く
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ブロッコリー トマトにみかん パン うどん 一歳児にも食の歳時記
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精神病院1983年の手記。より愛を込めて――、アール・ブリュットなどに興ずる昼を。
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断乳に張り裂けるほど泣く吾子を 抱きしめる夜 卯の小晦日こつごもり
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正月に夫の顔をまじまじと見て気づくなり永井荷風似
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玄関であからさまなる孤独みて俯き知ったパンプスの傷
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美味そうに何食べてんだ佐川君一口くれよなぜ隠すんだ
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一歳半 床に突っ伏し駄々こねて 小さな神様 にんげんになる
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毎日が普通に来ると思うほど 愚かではないこの国は今
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善人の言葉の棘がささる時 来る朝だけが良薬と知る
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